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今日の裁判

本日、Am10時00分。
田中被告が入廷してきました。
少し痩せ、返って健康的な体型になってきているように見えました。

裁判が始まり、こちらの証人尋問が終わると、今度は、被告人への質問でした。

「前回の裁判後、何故犬を入れたのですか」との弁護士からの質問に・・・。

「以前、I澤氏にあげた犬が懐かなくて、保健所に持っていくと言うので、私がつくった犬ですから、殺されちゃーたまんないと思いまして、引き取りました」そして「それと、以前、私の犬を貰ってくれたりと、世話になった人から頼まれたりして断れないかった」

そんな風に、小さな声でぼそぼそと質問に答えていました。

だから犬を引き取ったと・・・・??
3年前の裁判で、「もう二度と犬を飼わない」と約束したのに??
だったら、今回もまた、世話になった人とかで、断れない人に頼まれたら、犬を飼い始めるということになるのでしょうね。

犬の医療の質問をされると・・。
北区浮間舟渡にある動物病院で、適正な医療を受けさせていたとも言っていた。


こうちゃんは、何故??今、左目も見えず、こんな状態なのかしら?
みんなお腹に寄生虫がいるのは何故?
怪我して耳から血を流していた子がいても、2階から落ちて足を引きずっていた子も「こんなもん大丈夫なんだよ」と放置していた人は何処のどなただったかしら?



「二度と犬を飼いません。猪犬の世界から足を洗います。本当に反省しています。」
今回も、もう犬を飼わないから許してくれと言い放つ。

何故犬を飼うんですか?の質問には、犬が好きだからと・・。

数年前の餌箱の中、ゲ-ジの中、土の上で餓死した犬たち、そう、こうちゃんに似ていた、あの子の顏も脳裏をよぎりました。
犬が好きだから、飼っていたと・・・よくも言えるものだ。


前回、同じことを言い、涙して反省していると言っていました。
そして、舌の根も乾かぬうちに繁殖にむけて動き始めました。


空々しく響く彼の声は、とても意味を見出せませんでした。
嘘だらけの言い分に聞こえたのは、私たちだけではないと信じたいです。


田中被告は、家に帰ったら敷地を綺麗に片付け、貸し駐車場にするという。
その話の最中、田中被告は何を思ったか、少し声を荒げ「ボランティアには世話にならない」と、強い口調ではっきりと言ってました。
へ?私達は片付けなんて手伝う気は、無いのに何言ってるのだろうか??

今日の態度は「お前らが言いつけたから俺は捕まった」と言いた気でした。
私たちに、対する怒りがこみ上げているようでした。

田中被告は、悪びれる事もなく「成犬のオスは難しいけど、仔犬だったら簡単に10や20なら1週間あれば、すぐさばける」そう言い放っていました。
お前らが勝手に里親探しをしているんだろう・・と気持ちなのでしょうか?

10や20の仔犬なら、簡単に1週間でさばけるだと??実際は、子犬が余ってどうすることも出来なく、過去に動物保護団体さんや、個人ボランティアさんに成犬だけでなく仔犬も押し付けたり、仔犬は現地に残り成犬になっている子達が沢山いたという事実があるのに!!

弁護士は「今回の逮捕によって、ニュ-ス、報道で、実名と顔が出され、田中氏は社会的な制裁を十分受たと思う」と言っておりました。
実際、社会的制裁を受けたのは、年を老いた母親や兄弟だと、私達は思います。



時間がなくなり、次回の裁判へと持ち越されました。

次回、7月4日(月)Am11時より第2回目の公判です。
検事の質問から始まります。
田中被告の言葉が嘘に聞こえたのは、検事さんも同じだと思います。
次回、田中氏が言った今日の嘘を暴いてくれる事と信じています。






そもそも、動物愛護法ではなく化成条例違反での立件事態に無理があることは、検事も弁護士も裁判官も知っているのに。
化成場条例という過去の遺物みたいな法律で裁判官に訴えなくてはならない。
動物の「いのち」とか、感情論や価値観が付け入る隙もない裁判。

拘留されたとしても、出てきたら「いたちごっこのはじまり」との不安は拭いきれない。

そして、今回の告発、証言の結果、私たちは、犬屋敷を見張っていくこともできなくなった。

今回をもって本当に止めてもらわないと、哀れな犬が不幸な可哀想な犬が、もっと溢れてしまう。
あの惨状を繰り返すなんて、あってはいけないこと。

放置され餓死や脱水で亡くなった動物たちも、日本人の意識の低さが作った議員立法。
動物愛護法の不備が起因しているように思うのは、私たちだけだろうか。

正丸峠の遺体遺棄事件も動物の「いのち」の尊厳を無視したことから始まったように思えてならない。
人だけが持っている埋葬するという文化。
大切な家族として、動物たちを埋葬してあげたいと思う人たちの心を踏みにじった事件でした。
人間の「いのち」だけが「いのち」と思っているので、人間以外の遺体は物だという理解なのです。

小さい時に、金魚が死んだと土に埋め、お墓を作っていたその心は、成長につれ、何処に行ってしまうのでしょうか。

そして、田中が氷山の一角と、誰もが不安に思っている。
法は、被疑者を守るためのものかのように、思ってしまう。
法が整備されていない、未熟ゆえの悲劇が繰り返されるのは・・・忍びない。


「いのち」の教育は、教育の原点であり、国民の生活の保障の求める原点と思っています。
「いのち」頂かないと生きてはいけない地球上で生きるものの宿命。
だからこそ、「いのち」に対する敬意が必要であり、それをないがしろにして、人の「いのち」のみを特別視して扱うのは、間違っている。
私たちは、そう思っている。




適正な判決が下されることを、心から願っています。
そして、大切なことは、動物愛護法が適正に改正されることです。


| 板橋の犬屋敷 | 23:22 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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